こんばんは!
榎本澄雄です。
8月9日、土曜日。
今日は、満月です。
不定期で全9話アップします。
どうぞお楽しみにお待ちください。
あらすじはこちら。
👇
第1話はこちらから。
👇
第2話はこちらから。
👇
第2話「十百華はハンドルを握りながら、課長の話を思い出していた」
2019年に2030年の移民事件を予測した『刑事とミツバチ』
第3話はこちらから。
👇
第4話はこちらから。
👇
第5話はこちらから。
👇
「予備警察官」が外国人犯罪者と対話
2019年に日本人と移民の対立を描いた『刑事とミツバチ』第6話
6
カチャッと小さな音がして、玄関ドアが開いた。
「刑事さん、ありがとうございます」
家人の娘が小声で礼を言った。自分より少し年上の落ち着いた女性だった。
十百華は、女性の手引きで家の中に入って行く。薄暗い玄関に入ると、犯人の怒鳴り声が聞こえる。時折、ガラスの割れる音がした。女性は大きな音がする度に両手で耳を塞いで、不安そうに十百華を見つめた。
「刑事さん、お願いします。父を助けてください!」
十百華は無言で頷き、ポケットにしまった携帯を取り出した。110番に架電して、そのまま胸ポケットに入れ直す。マイクの部分をポケットの外に向けて。
先ほど十百華が110番した状況は、全庁で把握しているはずだ。同じ公用携帯から再度、110番があれば状況を注視してくれるだろう。今の十百華にいちいち順を追って説明する心の余裕はなかった。これが、最短、最善の手段だと信じた。
「すぐ家の外に逃げてください。それから、その椿の携帯で110番をお願いします。大丈夫。ロックが掛かっていても、ここをこうすれば110番できます」
十百華は小声で「失礼します」と言って、土足のままモスグリーンの絨毯に上がった。
大きく深呼吸をする。茶色い手すりを掴んで、螺旋状の階段をそっと上がった。
「何度も言わすな!車と金を用意しろ!」
二階に上がると、右手の部屋から声が聞こえた。ドアは開けっ放しだ。部屋の奥には、犯人と人質の老夫がいた。ベランダを背にしている。犯人は黒い鋏を人質の喉元に突き付けていた。羽交い締めだ。日焼けした老夫の首には血が滲んでいた。左顔面には殴られた痕がある。
「椿さん!」
部屋に入った十百華は思わず叫んでしまった。三千三郎は十百華を気にするでもなく、部屋の中央に立ち、腕組みをしている。
「おおっ!」
十百華の加勢に興奮したのか、犯人は雄叫びを上げて、手近な椅子を蹴り倒した。相当、暴れたのだろう。キャビネットのガラスが割れて、ベージュの絨毯に破片が刺さっている。年代物らしい大きなスピーカーとレコードプレーヤーが倒され、犯人と三千三郎の境界線になっていた。
「で、いくら必要なんだよ」
三千三郎がようやく口を開いた。
「そうだな……。日本円で1億」
「そうか、日本円で1億必要なのか……。車は?どうするんだ?」
「それはお前が考えることだろ!」
犯人がベランダの窓を蹴った。
「そうだな……。確かにそれはオレが考えることかも知れんな……。でもなあ、車で逃げるのも色々、難しいぞ」
「そうですよ、逃げ切れないですよ!大体、1億なんて、何に使うんですか?使い途がわからないと」
「いいから、お前は黙ってろ!」
十百華の追及を三千三郎が叱責した。
「あのさあ、オレが言ったのは、〈逃げられない〉ってことじゃなくて、〈車で逃げるのも、色々と道中、大変だと思う〉、オレはそう思うって言ったんだ。あんたは自分でどう思うよ?」
犯人は答えず、三千三郎も黙ったままだ。長い沈黙が続いた。柱時計の音だけが聞こえて来る。
「空港まで行く」
「空港?飛行機に乗りたいってことか?」
「そうだ。お前が空港まで送れ」
「なるほどな。オレが空港まであんたを先導するってことか?それなら、可能性はあるかもな……」
十百華はあまりにも非現実的なやり取りに目眩がした。しかし、犯人の興奮状態を見ると、もう何も言葉がなかった。
自分に出来ることは……と考えて、胸ポケットの携帯をコツコツと叩いた。通本が何も言わず、黙ってこの会話を聞いてくれていますように。残された策は、応援を待って、突入・制圧くらいしか……。
「いつだ?」
「何?」
「いつ頃がいいんだ?」
「早い方がいいに決まってるだろ!」
「そうだな。オレも早い方がいいと思ってる。1億の金と警察車両の先導。そして、空港で飛行機に乗る……。空港はどこだ?飛行機の行き先は?飛行機の手配も時間がかかるだろう。申し訳ないことだが……」
三千三郎の言い振りだと、まるで犯人と一緒に高飛びしそうな勢いだ。まさか、本当に1億を折半して……。
「そう言えば、まだ名前、聞いてなかったな。オレは椿三千三郎」
「名前か……。オレにもよくわからない」
「腹減ってないか?オレはうどん食ってる途中で追い掛けて来たからな」
「少しは話がわかるみたいだな……」
犯人は三千三郎に同じ匂いを嗅ぎ取ったのだろうか。二人の間に「橋」が架かったように感じた。興奮が収まり、鋏を持つ手が緩んだかに見えた。
「どうだ?良かったら二人で協力して……」
「八坂係長、ダメです!」
その時、十百華の携帯から甲高い声が聞こえた。
「おい!全部、聞いてたな!」
再び犯人の腕に力が入る!
バリバリバリ!
さっき耳にした爆音だ。
「……防衛省だ。人質を解放しなさい!」
拡声器から声が聞こえた。窓の外で柿の木が激しく揺れている。
防衛省?ヘリコプター?
三千三郎は「どう言うことだ?」と言う目で十百華を見た。十百華も訳が分からず、小さく顔を降った。
「まったく、どいつもこいつも……。余計なことしやがって」
三千三郎が舌打ちした。
「仲間呼んだな!これでオレも終わりだ!!」
犯人は外国語で祈りを捧げ始めた。
「〈警察〉と〈軍隊〉は仲間じゃない。それに、あんたも終わりじゃない……」
三千三郎は手品でも始めるかのように両拳を前に構えた。
「ひとーつ」
三千三郎は両手の人差し指を天に向かって立てた。犯人は戸惑って言葉を止めた。
「ふたーつ」
今度は親指が地面と水平に伸ばされた。人差し指と親指が左右、L字型となった。犯人と三千三郎の間に、「大きな門」が建てられたように見えた。両腕は前に伸ばしたままだ。
「みーっつ」
残りの三指が「蓮華」のように開いた。両掌を開いて、「ここまで」と停止を促した。
「生きろ」
三千三郎はそう言って、大きく息を吸う。そのまま一歩、間合いを詰めた。
十百華が気付くと、黒い鋏が絨毯の上に落ちていた。老夫はレコードプレーヤーの側で膝立ちになっている。
犯人はベランダの前にしゃがみ込んでいた。三千三郎は犯人の両腕を搦め捕り、後ろに座っている。駄々っ子をあやすように、その背中を抱きかかえていた。
三千三郎と犯人はそのまま、揺れているように見えた。
波のように。揺り籠のように。
「八坂、何してんだ。早くじいさんを」
呆気にとられる十百華に、三千三郎が低い声で言った。
犯人は目を瞑っていた。穏やかな表情だった。
不定期で全9話アップします。
どうぞお楽しみにお待ちください。
PRです。
必要は方はご覧ください。
👇
社員が防ぐ不正と犯罪
元刑事が明かす人情の機微に触れる事件簿
もしあなたが会社員なら
社内の刑事事件ほど胃が
痛くなる問題はないでしょう。
ハラスメントから薬物犯罪まで
手口と対策を解説した希少なコンテンツです。
見るだけで、
公正な職場が実現できます。
🌳kibi🦉
自己表現は、自己治療
こちらに登録するだけで、
あなたに必要な最新情報、
kibi log & letterを入手できます。
解除はいつでもできます。
kibi logは、あなたに必要ですか?
必要な方は、無料登録してください。
👇