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「予備警察官」が外国人犯罪者と対話​

2019年に日本人と移民の対立を描いた『刑事とミツバチ』第6話​

· 予備警察官,外国人犯罪者,移民,対話​,対立

こんばんは!

榎本澄雄です。

8月9日、土曜日。

今日は、満月です。

私が2019年11月末日

小説推理新人賞に応募した作品を紹介します。

https://fr.futabasha.co.jp/special/suiri_award/

不定期で全9話アップします。

どうぞお楽しみにお待ちください。

あらすじはこちら。

👇

未公開作品『刑事とミツバチ』あらすじ

2019年の元刑事が2030年の治安悪化を予測した短編警察小説​

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-2

第1話はこちらから。

👇

第1話「警察庁が内務省となって、三年が経った」

『刑事とミツバチ』2019年小説推理新人賞応募作品

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-13-2

第2話はこちらから。

👇

第2話「十百華はハンドルを握りながら、課長の話を思い出していた」

2019年に2030年の移民事件を予測した『刑事とミツバチ』

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-17

第3話はこちらから。

👇

『刑事とミツバチ』第3話「えっと、この辺ですよね?」

2019年に2030年の警察官不足を描写した短編小説

https://www.kibiinc.co/blog/2024-12-1

第4話はこちらから。

👇

2019年に日本人と移民の対立を描いた短編小説

『刑事とミツバチ』第4話

https://www.kibiinc.co/blog/2025-1-29

第5話はこちらから。

👇

キャベツ畑で不審者を追う

『刑事とミツバチ』第5話

https://www.kibiinc.co/blog/2025-2-28

「予備警察官」が外国人犯罪者と対話

2019年に日本人と移民の対立を描いた『刑事とミツバチ』第6話

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カチャッと小さな音がして、玄関ドアが開いた。

 

「刑事さん、ありがとうございます」

 

家人の娘が小声で礼を言った。自分より少し年上の落ち着いた女性だった。

 

十百華は、女性の手引きで家の中に入って行く。薄暗い玄関に入ると、犯人の怒鳴り声が聞こえる。時折、ガラスの割れる音がした。女性は大きな音がする度に両手で耳を塞いで、不安そうに十百華を見つめた。

 

「刑事さん、お願いします。父を助けてください!」

 

十百華は無言で頷き、ポケットにしまった携帯を取り出した。110番に架電して、そのまま胸ポケットに入れ直す。マイクの部分をポケットの外に向けて。

 

先ほど十百華が110番した状況は、全庁で把握しているはずだ。同じ公用携帯から再度、110番があれば状況を注視してくれるだろう。今の十百華にいちいち順を追って説明する心の余裕はなかった。これが、最短、最善の手段だと信じた。

 

「すぐ家の外に逃げてください。それから、その椿の携帯で110番をお願いします。大丈夫。ロックが掛かっていても、ここをこうすれば110番できます」

 

十百華は小声で「失礼します」と言って、土足のままモスグリーンの絨毯に上がった。

 

大きく深呼吸をする。茶色い手すりを掴んで、螺旋状の階段をそっと上がった。

「何度も言わすな!車と金を用意しろ!」

 

二階に上がると、右手の部屋から声が聞こえた。ドアは開けっ放しだ。部屋の奥には、犯人と人質の老夫がいた。ベランダを背にしている。犯人は黒い鋏を人質の喉元に突き付けていた。羽交い締めだ。日焼けした老夫の首には血が滲んでいた。左顔面には殴られた痕がある。

 

「椿さん!」

 

部屋に入った十百華は思わず叫んでしまった。三千三郎は十百華を気にするでもなく、部屋の中央に立ち、腕組みをしている。

 

「おおっ!」

 

十百華の加勢に興奮したのか、犯人は雄叫びを上げて、手近な椅子を蹴り倒した。相当、暴れたのだろう。キャビネットのガラスが割れて、ベージュの絨毯に破片が刺さっている。年代物らしい大きなスピーカーとレコードプレーヤーが倒され、犯人と三千三郎の境界線になっていた。

 

「で、いくら必要なんだよ」

 

三千三郎がようやく口を開いた。

 

「そうだな……。日本円で1億」

 

「そうか、日本円で1億必要なのか……。車は?どうするんだ?」

 

「それはお前が考えることだろ!」

 

犯人がベランダの窓を蹴った。

 

「そうだな……。確かにそれはオレが考えることかも知れんな……。でもなあ、車で逃げるのも色々、難しいぞ」

 

「そうですよ、逃げ切れないですよ!大体、1億なんて、何に使うんですか?使い途がわからないと」

 

「いいから、お前は黙ってろ!」

 

十百華の追及を三千三郎が叱責した。

 

「あのさあ、オレが言ったのは、〈逃げられない〉ってことじゃなくて、〈車で逃げるのも、色々と道中、大変だと思う〉、オレはそう思うって言ったんだ。あんたは自分でどう思うよ?」

 

犯人は答えず、三千三郎も黙ったままだ。長い沈黙が続いた。柱時計の音だけが聞こえて来る。

 

「空港まで行く」

 

「空港?飛行機に乗りたいってことか?」

 

「そうだ。お前が空港まで送れ」

 

「なるほどな。オレが空港まであんたを先導するってことか?それなら、可能性はあるかもな……」

 

十百華はあまりにも非現実的なやり取りに目眩がした。しかし、犯人の興奮状態を見ると、もう何も言葉がなかった。

 

自分に出来ることは……と考えて、胸ポケットの携帯をコツコツと叩いた。通本が何も言わず、黙ってこの会話を聞いてくれていますように。残された策は、応援を待って、突入・制圧くらいしか……。

 

「いつだ?」

 

「何?」

 

「いつ頃がいいんだ?」

 

「早い方がいいに決まってるだろ!」

 

「そうだな。オレも早い方がいいと思ってる。1億の金と警察車両の先導。そして、空港で飛行機に乗る……。空港はどこだ?飛行機の行き先は?飛行機の手配も時間がかかるだろう。申し訳ないことだが……」

 

三千三郎の言い振りだと、まるで犯人と一緒に高飛びしそうな勢いだ。まさか、本当に1億を折半して……。

 

「そう言えば、まだ名前、聞いてなかったな。オレは椿三千三郎」

 

「名前か……。オレにもよくわからない」

 

「腹減ってないか?オレはうどん食ってる途中で追い掛けて来たからな」

 

「少しは話がわかるみたいだな……」

 

犯人は三千三郎に同じ匂いを嗅ぎ取ったのだろうか。二人の間に「橋」が架かったように感じた。興奮が収まり、鋏を持つ手が緩んだかに見えた。

 

「どうだ?良かったら二人で協力して……」

 

「八坂係長、ダメです!」

 

その時、十百華の携帯から甲高い声が聞こえた。

 

「おい!全部、聞いてたな!」

 

再び犯人の腕に力が入る!

バリバリバリ!

 

さっき耳にした爆音だ。

 

「……防衛省だ。人質を解放しなさい!」

 

拡声器から声が聞こえた。窓の外で柿の木が激しく揺れている。

 

防衛省?ヘリコプター?

 

三千三郎は「どう言うことだ?」と言う目で十百華を見た。十百華も訳が分からず、小さく顔を降った。

 

「まったく、どいつもこいつも……。余計なことしやがって」

 

三千三郎が舌打ちした。

 

「仲間呼んだな!これでオレも終わりだ!!」

 

犯人は外国語で祈りを捧げ始めた。

 

「〈警察〉と〈軍隊〉は仲間じゃない。それに、あんたも終わりじゃない……」

 

三千三郎は手品でも始めるかのように両拳を前に構えた。

 

「ひとーつ」

 

三千三郎は両手の人差し指を天に向かって立てた。犯人は戸惑って言葉を止めた。

 

「ふたーつ」

 

今度は親指が地面と水平に伸ばされた。人差し指と親指が左右、L字型となった。犯人と三千三郎の間に、「大きな門」が建てられたように見えた。両腕は前に伸ばしたままだ。

 

「みーっつ」

 

残りの三指が「蓮華」のように開いた。両掌を開いて、「ここまで」と停止を促した。

 

「生きろ」

 

三千三郎はそう言って、大きく息を吸う。そのまま一歩、間合いを詰めた。

十百華が気付くと、黒い鋏が絨毯の上に落ちていた。老夫はレコードプレーヤーの側で膝立ちになっている。

 

犯人はベランダの前にしゃがみ込んでいた。三千三郎は犯人の両腕を搦め捕り、後ろに座っている。駄々っ子をあやすように、その背中を抱きかかえていた。

 

三千三郎と犯人はそのまま、揺れているように見えた。

 

波のように。揺り籠のように。

 

「八坂、何してんだ。早くじいさんを」

 

呆気にとられる十百華に、三千三郎が低い声で言った。

 

犯人は目を瞑っていた。穏やかな表情だった。

不定期で全9話アップします。

どうぞお楽しみにお待ちください。

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